九谷焼 釉裏銀彩(ゆうりぎんさい)は、九谷焼の中でも繊細な技法であり、作り手がその技巧を発揮する場でもあります。銀箔を素焼きの素地に貼り付け、その上から透明釉や色釉をかけて焼成するこの技法は、銀の輝きを長く保ちながらも、柔らかく上品な質感を生み出すことができます。
釉裏銀彩の技法は、明治以降の陶磁器技術の進化とともに発展しました。銀箔を使用する技法自体は古くから存在していましたが、磁器の分野では特に扱いが難しいとされていました。銀は酸化しやすく、酸化による変色や劣化を防ぐためには高度な技術が必要です。この技術的な課題に挑み、銀を用いた表現の可能性を広げたのが、九谷焼の名匠である中田一於先生です。
中田一於先生は、銀箔の美しさを保ちながら釉裏での表現を追求し、この技法を表現手法として確立しました。作品は、釉裏銀彩の可能性を最大限に引き出し、銀箔が持つ独自の輝きを活かしています。
釉裏銀彩の技法は非常に緻密で、作り手の技巧が問われるものです。まず、素焼きした素地に薄い銀箔を慎重に貼り付けます。この作業は非常に繊細で、銀箔が薄いため、均一に貼り付けるには高度な技術が必要です。銀箔が適切に貼り付けられた後、その上から透明釉や色釉を慎重にかけます。この工程では、銀箔が釉薬の中にしっかりと封じ込められるように注意が払われます。
焼成は低温で行われ、銀箔が酸化することなく、その美しい輝きを保つことができるように調整されます。焼成後、銀箔は釉薬の下で優雅な輝きを放ち、表面は柔らかく、奥行きのある上品な質感に仕上がります。この技法により、釉裏銀彩の作品は見る角度や光の当たり方によって、様々な表情を見せることができるのです。
中田一於先生は、釉裏銀彩の技法を駆使して、多様な色調の作品を生み出しています。作品には、淡青、紫苑、淡桜といった独自の釉薬を用い、白地、墨地、黒地といった多彩な素地が組み合わされています。
釉裏銀彩の技法は、単に銀箔を貼り付けて釉薬をかけるだけではありません。銀箔の厚さ、貼り方、釉薬の種類や焼成温度など、数々の要素が絡み合い、作品の完成度を左右します。銀箔の厚さは微妙に調整され、箔が薄すぎれば輝きが失われ、厚すぎれば品のない仕上がりになってしまいます。
また、釉薬の色や透明度の調整も重要です。釉薬の色調が銀箔と合わない場合、作品全体の印象が大きく変わってしまいます。そのため、中田一於先生は釉薬の調合にも非常にこだわり、試行錯誤を重ねて独自の色調を作り上げています。このようにして生み出された釉裏銀彩の作品は、伝統と革新が見事に融合した技術の結晶であり、現代の九谷焼においても高く評価されています。
釉裏銀彩は、九谷焼の伝統を受け継ぎながらも、銀を用いた表現に果敢に挑戦されて得られた「美」です。銀箔の輝きと釉薬の調和によって生まれる品格と奥行きのある静けさが特徴であり、釉裏銀彩の作品は見る者に深い印象を与えます。
・石川県立美術館 中田一於所蔵作品 https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp/collection/index.php?app=shiryo&mode=list&list_id=94449850